限界オタクの読書感想文『ウォーク・イン・クローゼット』『ケの美 あたりまえの日常に、宿るもの』

読書感想文

こんにちは。ひと言で良いことを長文で語るジャニヲタ、Itsusoです。

私はジャニヲタである。

休みの日にはコンサートや舞台に行くし、
休みの日、もしくは仕事終わりにヲタク友達と集まって会話を楽しむ。

家でゆっくりしている日というのは
基本的にない。

それが私の趣味だし、
それが私の生活である。



しかし、
そんな生活が今、できなくなっている。

何を察していたのか、
私は1月の下旬から読書の習慣を復活させた。

そして2月に『ウォーク・イン・クローゼット』という小説に出会い

3月に『ケの美 あたりまえの日常に、宿るもの』という本を手にした。

こんな時にこそ出会いたい、
丁寧に暮らそうと思える2冊だった。

『ウォーク・イン・クローゼット』感想

『ウォーク・イン・クローゼット』
綿矢りさ


芥川賞を受賞した『蹴りたい背中』の著者の作品。

当時散々話題になっていた記憶があるが、
そういう流行りとかに乗れない私は読んでいない。

今回私がこの本を手に取ったのは、幼なじみの友情という設定に惹かれたからだ。

私は齢25にして恋愛をしていない人間である。

恋愛ものの小説もたまには良いが、
なんというか
何を楽しんで良いか分からない。

そんな訳で『ウォーク・イン・クローゼット』を読んだ私だったが

結果的にストーリーよりも
主人公、早希の趣味が1番興味深かった。


私自身はモテとか男ウケとか1ミリも考えていないし

ファッションは自分が好きなものを身につけることだし

気分を高め自身の印象を形作るものだと位置づけているので、

早希の価値観は自分とは違うものであったが、
私は趣味のある人間が好きである。

先に言っておくが、私は衣食住全般が苦手という驚愕の人間である。

正直、生活というものが苦手である。
何も自分を卑下している訳ではなく、シンプルに。

現にこのブログを書いている今だって、
昼間に回した洗濯物を干し忘れていたことに気づいて回しなおしている。


洗濯に興味を持ったことすらない私が、
早希の洗濯という趣味に非常に興味を惹かれた。

そう言えば小学生の頃は
休みの日に家中のハンカチを引っ張り出してきてアイロンをかけていたりしたし

中学生の頃は制服のYシャツにアイロンをかけるのが日課だったし、

シャツをよく好んで着ていた専門学生の頃や社会人1・2年目の頃なんかは、休みの度に大量のシャツにアイロンをかけていた。


衣食住全般が苦手でも部分的に好きなことはあるのである。

そういうことを考えると
早希の洗濯に休日を費やすという趣味はとても魅力的なもののように思う。

第一、レザーを手洗いできるなんて私は知らなかったし、

先日知人から、ダウンジャケットも手洗いできるよ

と聞いた時も驚いた。

知識は生活を豊かにする。

『ケの美 あたりまえの日常に、宿るもの』感想

『ケの美 あたりまえの日常に、宿るもの』
佐藤卓

『ウォーク・イン・クローゼット』を読んで
数年前に見て大好きだった展示を思い出した。

ふと思い立ってその展示のタイトルを検索してみると

その後、1冊の本にまとめられていたことが分かった。

それが『ケの美』だった。

私にとって大切な記憶。



展示を見た当時も
落ち着いて丁寧に生活をしようと思ったものだ。

世の中には様々なエンタメが溢れ、
ジャニヲタである私なんかは特に
日々面白みを接種することに躍起になっている。

そう。
面白いことが発生すると保証された空間に身を置くことに必死なのだ。


これは一種の強迫観念みたいなもので、
予定の無い休みなど1日も必要ないのだと
いつだってスケジュールを埋めている。

やってする後悔なんてない。

行かなかった現場は2度と戻って来ない。
行かなかった後悔は一生。

私はいつだって後悔をしたくなくて必死だ。

「やるしかない。やらないなんてないから」

加藤シゲアキ著 ピンクとグレー より


なのである。

でも本当は、そんなに必死に目新しいものを接種することに必死にならなくたって
素敵なことは日常のあちこちに散りばめられていることだって知っている。

写真家 ソール・ライターが残した言葉のように。

「神秘的なことは、馴染み深い場所で起こる。なにも、世界の裏側まで行く必要はないのだ。」



そんなことはちゃんと分かっている。
これは私の呪いだ。

楽しむためではなく、
後悔しないためにヲタ活をしている。

そんなことに気付いたのは何年前のことだっただろうか。

そんな自分に少しうんざりしていた。

「ヲタクやめたい」と口にするジャニヲタをたくさん見てきたが
私は決してやめたくないのである。

やめることは怖いことだから。
劇的な刺激が保証されない日々は怖い。


私が私である以上
私は必死にヲタ活することをやめられない。

だってやめたくないから。

でもそろそろ、生活がヤバい。

何故って、冒頭で書いたように私は衣食住全般が苦手な人間だから。
食事を抜いたら写真買えるな、とか
舞台を見て、友達と夕飯を食べて終電で帰って睡眠3・4時間の日が週に何日もあったって楽しいから良いや、とか
チケット1枚分か~と思って服を買わないとか
ザラなのである。

現場がある限り私は行く。

それが10年以上かけて私が作りあげてきた
私の生活のシステムだから。

こんなことなら1ヶ月くらい意識不明になるとか入院するとか
何かしらの形で強制的に人生のお休みに入るしかないんじゃないか。
なんてことをぼんやりと考えていた。

特に現実的なことはない。



そこでやってきたこの状況。
残念ながら行く予定だった現場は全て延期ないし中止だ。
残念である。とても。

何より好きなタレントが、本番に向け努力を重ねていたにも関わらず
それを披露する機会が失われると思ったらやりきれない。

一刻も早い終息を望んでいる。
心の底から。

だがしかし、こんな状況に不謹慎にも少しほっとしている自分がいる。
それとこれとは別の話なのである。

待ち望んでいた強制的なヲタ活休止期間は
思わぬ形で実現した。

そして、出かけられずに家で過ごす休日をちゃんと楽しめている私もいる。

悲しい。

何もなくたって生活の中にちゃんと素敵なことはあるのに。

現場が復活したら私はまた現場に行く。

日常よりも刺激的な、人工的な楽しみを接種するために。

何故。

呪いはまだとけない。

でも、今だけは日常を、身の回りのちょっとしたことを慈しんでいたい。

コメント

タイトルとURLをコピーしました